高森町の名所

2016年4月 5日 (火)

高森町 千本さくら 満開

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高森町「千本さくら」満開です。今年のさくらは色がきれいです。

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2011年6月28日 (火)

菅山の棚田

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高森町草部南部・熊本と宮崎の県境に近い山里に菅山という集落に、山間を切り開いた扇状の棚田が広がっている。

田植えと稲刈りのシーズンには写真マニアが大勢撮影にやってくるという。

今日九州南部が梅雨明けしたと報じられた。

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2008年6月30日 (月)

清栄山

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阿蘇・東外輪山に清栄山がる。高森町村山の東側の阿蘇外輪山の山で、東外輪山では一番標高が高い。上色見の根子岳はその姿から有名だが清栄山は地元でもあまり語る人はいない。僕は阿蘇にきてまだ1年が経過したばかりだが、高森町の清栄山が好きだ。

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高森町は標高が高いので冬の寒い日には雪が降り積もる。今年の冬は寒い日が多かったのでよく雪が降り積もった。降り積もった雪と霧氷で化粧された清栄山と村山の山村風景。

アルカイック工房は旧村山公民館を借りていて、清栄山のふもとにあります。

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今、高森町の標高の高い草原や牧草地に「ノハナショウブ」や「ヒメユリ」などの貴重な野草が咲いている。水彩画は昨年描いたもので僕のお気に入りである。

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2008年6月27日 (金)

高森町・湧水トンネル公園

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昨年度も記事にしたが、南阿蘇・高森町に「湧水トンネル公園」がある。

「話は昔にさかのぼりますが、熊本市と宮崎県延岡市を結ぶ【九州横断鉄道】建設の構想は戦前からあったそうです。
昭和48年・国鉄高森線と高千穂線を結ぶための【高森トンネル】の工事が始まりました。昭和50年2月トンネル工事で外輪山の水脈を切り、高森町の湧水8箇所が枯れ、住民の水道が断水する騒ぎになりました。
このため昭和54年鉄道建設計画が廃止となり、昭和55年には【日本国有鉄道再生法案】が成立しその後、国鉄が【分割民営化】されました。
現在は旧国鉄高森線の立野・高森間は南阿蘇鉄道になっています。
平成6年工事を中断したまま閉鎖されていた高森トンネルと周辺を【親水公園】として開放するための事業が開始され、現在は【高森湧水トンネル公園】として高森町の観光スポットになっています。」

もし、九州横断鉄道計画が完成していれば、国鉄が分割民営化された後もこの鉄道はJRに引き継がれたであろう。仮にそうなっていれば延岡熊本間の経由地として高森町はちがう発展をしていたかもしれない。現在高森町は人口7千人強で、最盛期には1万数千の人口があったそうだからかなり過疎が進行しているといえる。皮肉なことに3年前の大雨で、延岡・高千穂間の高千穂鉄道が被害を受けいまだに復興の見通しが立っていない。

夢の鉄道建設はトンネルの出水で頓挫したが、そのトンネルから湧き出した水のおかげで、今、湧水トンネル公園は高森町一番の観光スポットになっている。」

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湧水トンネル公園でへ毎年七夕祭りが開催され、期間中町内外から出展された七夕の飾り物がトンネル内部に展示される。写真は2007年度・高森東中学校から出展された飾り物で、阿蘇の野の花をステンドグラス風に表現したものでよくできていた。

今年も7月1日から七夕祭りが開催され観光客でにぎわいを見せる。

Dsc_8617_2 トンネル公園では地元農家でとれた野菜などを販売しているが、7月1日からアルカイック工房の竹細工と絵葉書を販売していただくことになった。小鳥笛・いちりんざし・竹徳利・竹水差し・神楽笛・絵葉書(阿蘇の野の花と蝶・神楽・わらぞうり)

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Dsc_8607竹水差し   

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2008年4月 7日 (月)

高森町千本桜開花状況

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高森町・千本桜の花は今日4月7日暖かかったので少し開花した。まだお花見とまではいかないが、今週末には見ごろになるでしょう。

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2007年8月18日 (土)

造り物・2007年

「造り物」とは、

高森町で毎年8月17・18日に開催される風鎮祭には、各町内会で家庭の日常品を活用して制作した「造り物」が街角に展示され、できばえを競う。

昔は各家庭の日常品を活用していましたが、今日ではある程度購入品を利用している。
街角に展示された【造り物】は、町の人たちや観光客を楽しませる【風鎮祭】の主役である。祭りの期間中出品された【造り物】が審査され、その年の最優秀作品は、南阿蘇鉄道・高森駅前に設置された展示場に1年間展示される。

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2007年「造り物」・特賞・樽獅子・旭通中組

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金賞1・風鎮摩利支天・下町二組

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金賞2・鳳凰・旭通下組

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金賞3・<山の守り神、白イノシシ>・昭和六組・<熊本市現代美術館賞受賞>

このごろの日常品はプラスチックなどが多い中、瀬戸物を使用して表情豊かに「もののけ姫」に登場する白いのししを見事に表現しているところが評価された。

そのほかの造り物は、田舎の絵描きHP

http://ekaki.ina-ka.com/fuutinsai.html

を参照してください。

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風鎮祭・五穀豊穣祈願祭

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風鎮祭2日目、早朝から高森阿蘇神社では「五穀豊穣祈願祭」が行われ、風鎮太鼓が奉納される。

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2007年8月17日 (金)

風鎮祭

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毎年・8月17日・18日に高森町で風鎮祭が行われる。風をおさめ五穀豊穣を願う祭りである。日常品を使って造る名物の「造り物」は各町内会で競い合って造り、街角に展示され山引きのあと審査・その年度の最優秀作品が決まる。

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町民総踊りは風鎮際のメーンの出し物で、町内の各団体が高森音頭を踊り、町内を練り歩く。

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17日はいわば風鎮際の前夜祭のようであり花火大会などの催し物がある。18日は高森阿蘇神社で五穀豊穣祈願祭があり、風鎮太鼓が奉納され、町内の辻々では夜遅くまで「にわか」などの競演でにぎわう。

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2007年8月14日 (火)

穿戸羅漢山(うげとらかんさん)

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阿蘇南外輪山の前山に風穴がある洞窟があり、釈迦如来、観音像、十六羅漢など十八体の石仏が祭られている。訪れる人は少ないが登山道は整備されていて別所の堤から徒歩20分程度で行くことが出来る。

8月10日、穿戸羅漢山(うげとらかんさん)に再度行った。羅漢山から、高森峠方面に続く遊歩道がどのような状態になっているかの下調べをかねて行ってみた。

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羅漢山登山口の別所の堤・後ろの山は、阿蘇・南外輪山。この別所池には12年前から、ガチョウがいる。アヒルも2羽いていつも一緒に暮らしている。

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別所の堤・羅漢山登山口にある角宮。

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登山道はすぐに杉林へと入り・舗装された登山道を登ってゆく。

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ここは高森町小学校所有の杉林である。

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この日は良く晴れて、羅漢山から高森町は良く見えた。

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羅漢山から高森峠方面への遊歩道はほとんど整備されておらず、下草が生えて藪になっているため通行不能であった。少し歩いてみたが、標識は各所に立てられている。歩くことは困難でルートを探すのも難しいほどやぶが茂っていたので引き返した。

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羅漢山の岩や堂。

「宝永4年8月に武田氏が寄進したものと伝えられている」とある。

宝永4年といえば今からちょうど300年前・1707年10月4日、中部、近畿、四国、九州の広い地域にまたがり、東海地震・東南海・南海地震が同時に発生し、地震の規模はマグニチュード8.6と日本最大級の巨大地震と推定されている。

さらに、宝永地震から49日後の宝永4年(1707年12月16日)、富士山で大噴火が起こった。大変な年であったのである。

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羅漢山への登山道でツリフネソウらしき花が咲いていた。

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シデシャジンも咲いていた。

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名前のわからない野の花も咲いていた。

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羅漢山の写真をもっと見たい方は

田舎の絵描きHP

http://ekaki.ina-ka.com/meisyo.html

を参照してください。

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2007年7月30日 (月)

高森阿蘇神社夏祭り

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毎年7月30日に高森阿蘇神社では夏祭りが行われる。神事のあと神輿2基を中心に御幸行列が街中をねりあるく。

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町内の辻では町の人々がお賽銭を上げ神輿をくぐり無病息災を願う。

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今年は2頭の飾り馬も神輿のあとについてねりあるいた。競馬馬とは違い足の太い大きな馬である。昔はねりあるく馬の数も多く、勢いよく駆け抜けたそうだ。今は馬を飼っている農家も少なくなり飾り馬が出ない年もあるそうだ。

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高森町の南側にある冬野という集落に宮山と呼ばれる山があります。南外輪山から北に延びた尾根に当たります。その麓に、健磐龍命をまつる高森阿蘇神社があります。社殿は元々、宮山 の中腹にありましたが、400年ほど前に現在の場所に移され、現在の本殿は300年前の建築といわれています。
  ここの境内には、大小さまざまな樹木がうっそうと茂っています。その中でも、スギの7本とナンゴウヒの6本は特に大きく、境内の荘厳な雰囲気をかもし出しています。これらのスギの樹齢は約460年で幹周り4.6m、ナンゴウヒの樹齢は約500年で幹周り3.85mほどもあります。特に、ナンゴウヒ(南郷桧)は、昭和30年に九州大学の佐藤教授によりこれまで知られていた従来の桧とは種類が違うことが判明し、最初に発見された当地方にちなんで名付けられたものです。
 また、元々、高森阿蘇神社があった宮山の中腹あたりには、幹周りが約3.8mもあり、樹齢が350年を越える「豊年桜」と地元で呼ばれている桜の木があります。南郷谷では最も早い時期に咲く桜の木として知られ、その花のつき具合によってその年の農作物の出来を予想しました。

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